文学 (ヒューマニティーズ)

文学 (ヒューマニティーズ)

絶滅収容所のような極限的な場所において文学は無力である。しかしそこで無用になるのは文学だけではない。精神的なもの、人間理性に関わるいっさいがなんの役にも立たないのである。にもかかわらず、レーヴィの例が示しているように文学は、地獄の底に沈みつつあった一人の苦しむ人間を支えることができる。その人を、悲痛や絶望を通して、彼と同様に苦悩する無数の人々と結びつける。文学とは何よりも「わたし」と「他者」とをつなぐものである。そして社会とは人と人とのつながりの場である以上、社会が社会であるために文学は何よりも必要とされる。逆の言い方をすれば、文学のないところに社会はない。文学の死はすなわち、人間社会の死である。(p162)