危機の思想

危機の思想

福田恒存は、『人間、この劇的なもの』の中で次のように言う。

 私たちが真に求めているものは自由ではない。私たちが欲するには事が起こるべくして起こっているということだ。そして、その中に登場して一定の役割をつとめ、なさねばならぬことをしているという実感だ。なにをしてもよく、なんでもできる状態など、私たちは欲していない、ある役を演じなければならず、その役を投げれば、他に支障が生じ、時間が停滞する−ほしいのはそういう実感だ。

人間は常に何かに縛られて生きている。時間と空間を超越して生きる人間など、存在しない。われわれは過去からの連続した時間の中で生活する。
そして、われわれは時間と空間を引き受けることによって、自己の存在意義を確認する。今ここで生きている自分が歴史的に構成された社会や共同体の中で意味ある存在として「存在している」ことを確認する。自己には他者との関係性の中で果たさなければならない役割があり、その役割を果たさなければ「他に支障が生じる」という「実感」が、自己の生を支える。この時間と空間の接点で「所を得る」ことが、トポスを獲得するということだ。トポスを剥奪された人間は、居場所も出番も喪失し、アイデンティティを見失う。(p104-105)